ソーシャルダンスで見落とされがちな大切なこと
ペアダンスのジャンルは違っても、多くのペアダンスには共通する現象があります。
それは、
男性はステップを増やしたがり、女性は踊りやすさを求める。
ということです。
もちろん例外はあります。
しかし、多くのダンスパーティーやソーシャルの現場を見ていると、この傾向は決して小さくありません。
レッスン文化が生み出す「ステップ中心主義」
多くのダンスレッスンでは、
- 新しいステップ
- 新しいバリエーション
- 新しいルーティン
を学びます。
レッスンが終わると、「今日は何を習ったの?」という会話になります。
「リードが良くなった」よりも、「新しいステップを覚えた」のほうが分かりやすいためです。
その結果、男性はいつの間にか、「もっとたくさんのステップを覚えなければならない」と思うようになります。
そしてパーティーやソーシャルになると、習ったばかりの技を次々に使いたくなります。
男性が追いかけるもの
男性はリーダーです。
だからこそ、
- 女性を楽しませたい
- 同じことばかりでは退屈させるのではないか
- 上手いと思われたい
- 練習した成果を見せたい
という気持ちが生まれます。
その結果、難しいターン、複雑なコンビネーション、高度なバリエーション、をたくさん使うことが良いダンスだと思い込みやすくなります。
しかし、ここには大きな落とし穴があります。
女性は何を覚えているのか
男性は踊った内容を覚えています。
- このステップを使った
- あのバリエーションを入れた
- 難しい技が成功した
という記憶です。
一方で女性は、踊った内容そのものより、踊ったときの感覚を覚えています。
- 踊りやすかった
- 音楽が気持ちよかった
- 安心して踊れた
- 楽しかった
- また踊りたいと思った
という体験です。
つまり、男性は「何を踊ったか」を覚え、
女性は「どう感じたか」を覚えていることが多いのです。
ソーシャルダンスは試験ではない
競技会なら話は別です。
難度や技術力が評価対象になります。
しかしパーティーやソーシャルは違います。
そこでは、「またこの人と踊りたい」と思ってもらえるかどうかが重要です。
極端な話、ステップが3種類しかなくても、
- 音楽に合っている
- リードが分かりやすい
- タイミングが気持ちいい
- 無理な力がない
のであれば、女性は十分に楽しい時間を過ごせます。
逆に、20種類のステップを踊っても、
- リードが曖昧
- バランスを崩す
- タイミングが合わない
- 女性が常に予測しなければならない
状態では疲れてしまいます。
サルサやバチャータでも同じ
この話は社交ダンスだけではありません。
サルサやバチャータのソーシャルでも、初心者男性ほど、ターンパターンを増やそうとします。
YouTubeで見た技、レッスンで習ったコンビネーション、それらを次々と試したくなります。
しかし経験豊富な女性ほど、ターンの数よりも、
- リズム
- コネクション
- タイミング
- 音楽との一体感
を重視する傾向があります。
バチャータであれば、複雑な技を連発する男性より、シンプルなベーシックを気持ちよく踊れる男性のほうが人気があることも珍しくありません。
サルサでも、何十種類ものパターンを持つ男性より、音楽のブレイクを感じ、女性との会話のようなリードができる男性が好まれることがあります。
上級者ほどシンプルになる理由
面白いことに、本当に上手いリーダーほど、シンプルな動きを多用します。
それは技術がないからではありません。むしろ逆です。
彼らは知っています。ダンスの価値は、ステップの難しさではなく、相手との共有体験にあることを。
音楽を聴き、相手を感じ、空間を共有する。その結果として必要なら難しい技も使う。
しかし技そのものが目的にはなりません。
「何を踊るか」より「どう踊るか」
多くの男性が上達の過程で通る道があります。
最初は、「何を踊るか」ばかり考えます。
しかし本当に人気のあるソーシャルダンサーは、「どう踊るか」を考えています。
ベーシック一つ。
ウォーク一つ。
クローズドポジション一つ。
それらを丁寧に踊れる人は強いのです。
なぜなら女性は、難しい技そのものより、その時間の心地よさを感じているからです。
まとめ
ソーシャルダンスにおいて、男性はついステップの数を増やしたくなります。
しかし女性が求めているものは、必ずしもそこではありません。
大切なのは、
- 分かりやすいリード
- 安心感
- 音楽との調和
- 心地よいコネクション
- 相手への配慮
です。
難しいステップを100個覚えることより、ベーシックを気持ちよく踊れること。
それこそが、社交ダンスでも、サルサでも、バチャータでも、長く愛されるリーダーへの近道なのかもしれません。
女性が覚えているのは、あなたが何を踊ったかではない。
あなたと踊って、どんな気持ちになったかなのです。