サルサとダンススポーツの比較

本ブリーフィング資料は、ジュリエット・マクメインズの論文「Dancing Latin/Latin Dancing: Salsa and Dansport」に基づき、社会的ラテンダンスである「サルサ」と競技ラテンダンスである「ダンススポーツ(国際標準ラテン)」という、しばしば混同される二つのダンス形式の対照的な関係性を詳細に分析するものである。1998年の映画『ダンス・ウィズ・ミー』を事例として、これらのダンスが持つ文化的価値、歴史的背景、技術的特性、そして「ラテン」という概念そのものがいかに構築され、利用されているかを明らかにする。

主要な洞察:

• 二つの「ラテンダンス」: サルサとダンススポーツは共に「ラテン」のアイデンティティを主張するが、その起源、目的、美学は根本的に異なる。サルサはラテンアメリカ及びカリブ海の伝統を汲み、ニューヨークで発展したコミュニティ中心の即興的な社会舞踊である。一方、ダンススポーツはヨーロッパ、特にイギリスで標準化された、技術的な正確性と振り付けを重視する競技形式である。

• 「ラテン」というラベルの複雑性: 西洋文化において、「ラテン」という言葉はエキゾチシズムやセクシュアリティと結びつけられてきた。このステレオタイプは、特にダンススポーツの世界で戦略的に利用されることがある一方、サルサ・コミュニティはより複雑な文化的アイデンティティの表現としてこのラベルを用いている。

• 技術と即興性の対立: 両者の最大の違いは、身体の使い方(サルサのポリリズム的な動き対ダンススポーツの筋肉群の分離)、パートナーとのコネクション、そして即興性の役割にある。サルサでは即興性が高く評価されるのに対し、ダンススポーツでは事前に振り付けられたルーティンが基本となる。

• グローバル化の影響: 近年、国際的なサルサ・コングレスの台頭により、サルサのグローバル化が進んでいる。これは異種交配による革新を促進する一方で、競技化による標準化の圧力をもたらし、サルサが本来持つ社会的・即興的性格を脅かす可能性を秘めている。

• 真正性を超えた理解へ: 本稿は、どちらか一方がより「本物」のラテンダンスであるという階層的な見方を退ける。両者ともに独自の歴史と文化的重要性を持つ複雑な舞踊形式であり、単純な二項対立を超えた、よりニュアンスに富んだ理解が求められると結論づけている。

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1. 序論:「ラテンダンス」という概念の二重性

ジュリエット・マクメインズによる分析は、一般に「ラテンダンス」として一括りにされがちなダンス形式の内部に存在する、深い文化的・技術的な断絶を明らかにすることを目的としている。この分析の中心にあるのは、キューバ出身のサルサダンサー「ラファエル」とアメリカ人のボールルームダンスチャンピオン「ルビー」を主人公とする映画『ダンス・ウィズ・ミー』である。この映画は、社会的でコミュニティ志向のサルサと、標準化され競技化されたダンスポート(国際標準ラテン)という、ラテンダンスの二つの対照的な伝統を劇的に描き出している。

本稿では、この対立軸を基に以下の点を掘り下げる。

• 「ラテン」というラベルがどのようにして多様なダンス実践に適用され、文化的アイデンティティの主張に利用されているか。

• サルサとダンススポーツの歴史的背景、発展過程、そして文化的価値観の違い。

• 身体技法、パートナーとの関係性、即興性の役割における根本的な差異。

2. 「ラテン」というラベルの歴史と文化的位置づけ

「ラテンダンス」という言葉は曖昧であり、その定義は文脈によって大きく異なる。一般的にはラテンアメリカのダンスを指すが、その範囲は地理的な境界線を越えて広がる。

• 身体表現の違い:

    ◦ 伝統的なラテンアメリカのダンス: 柔軟な背骨、身体の中心核から生み出される体重移動、そして身体全体の分節的な動きを特徴とする。

    ◦ ボールルーム(ダンススポーツ)形式のラテン: 真っ直ぐな背骨、伸びた四肢、尖ったつま先など、西洋の舞踊美学の影響を強く受けている。

• 西洋における「ラテン」の消費: 1930年代以降、欧米のポピュラーカルチャーにおいて「ラテン」ブームが起こり、そのイメージはしばしばエキゾチシズム、官能性、性的な自由と結びつけられた。カルメン・ミランダに代表されるような、過度に性的で異国情緒あふれるステレオタイプが形成され、今日でもダンススポーツの世界ではこのイメージが商業的価値を持つことがある。

• アイデンティティの拠り所として: サルサとダンススポーツのコミュニティは、全く異なる方法論でありながら、共に「ラテン」という言葉を自らのダンスのアイデンティティを主張し、ラテンアメリカの伝統との繋がりを強調するための手段として用いている。

3. サルサ:文化的アイデンティティとしてのダンス

サルサは単なるダンスのステップではなく、深い文化的ルーツを持つ生きた芸術形式である。

• 起源と発展: 1960年代にニューヨークで音楽とダンスのジャンルとして確立された。そのルーツはキューバのソンをはじめとする多様なラテンアメリカの音楽伝統にあり、多文化的な環境で育まれたハイブリッドな性格を持つ。

• 文化的意義:

    ◦ 作家マイラ・サントス=フェブレスが指摘するように、サルサは共通の言語(スペイン語)や抑圧と反抗の経験を共有する「トランスローカル(超地域的)」なコミュニティを形成している。

    ◦ 歌詞はしばしば愛だけでなく、貧困、暴力、社会的不公正といったテーマを扱い、コミュニティの現実を反映する。

    ◦ その音楽的・リズム的な複雑さ(ポリリズムなど)は、安易な商業的流用や文化の盗用に対する抵抗力となっている。

4. ダンススポーツ:競技としての国際標準ラテンダンス

ダンススポーツは、サルサが持つ文化的なアイデンティティ形成の歴史とは全く対照的な背景を持つ。

• 起源と標準化: オリンピック種目としての採用を目指す動きの中で、ダンスの競技化・スポーツ化(Dansport)が進められた。国際標準ラテン部門は、1950年代に創設され、1960年代にイギリスのダンス団体によってルールが標準化された。

• 構成される5種目: チャチャ、ルンバ、サンバ、パソドブレ、ジャイブが公式種目として採用された。

• 「ラテン」の定義における矛盾:

    ◦ ダンスの名称はラテンまたはスペイン起源であるにもかかわらず、その統括団体はイギリスに拠点を置いていた。

    ◦ アルゼンチン・タンゴのようなダンスが除外され、カテゴリー編成においてアメリカやスペインが無視されたことは、「ラテンアメリカ」の地理的・文化的定義に関する混乱を招いた。

5. 技術、感覚、即興性の比較分析

サルサとダンスポートの最も顕著な違いは、その実践の核心にある技術、感覚(Sabor)、そして即興性の扱いに見られる。

特徴サルサ (Salsa)ダンスポート (Dansport)
基本概念サボール(風味)、コミュニティ、社会的交流
「ストリート」や「スタジオ」ダンスとも呼ばれ、生の感情表現が重視される。
技術、規律、構造
身体のコントロールと美的完成度が評価される。
身体の使い方胴体、骨盤、肩のカウンターローテーション。ポリリズム的な音楽に呼応する複雑な身体の動き。腹筋、背筋、骨盤、脚など筋肉群を分離し、同時に同じ方向に動かす。体重移動が手の圧力変化に先行する。
コネクション手を通じてリードを開始するが、解放可能。リードとフォローの間のより緩やかで流動的な関係性。安定したボディフレームを通じて伝えられる、軽く一定のコネクション。身体全体が一体となって動く。
即興性高く評価され、ダンスの核となる要素。音楽、パートナー、空間に対する即時的な反応と創造性が求められる。記憶された組み合わせの中での自発的な意思決定。競技中は振り付けが優先され、即興性は最小限に抑えられる。
経済的背景「ストリート」ダンスとして発展。経済的な理由で正式な訓練を受けていないダンサーが多い。スタジオでの訓練が基本。レッスン、衣装、競技会に多額の費用がかかる。

6. サルサのグローバル化と今後の展望

1990年代後半以降、国際的なサルサ・コングレスが世界中で開催されるようになり、サルサはグローバルな現象となった。これにより、LAスタイル(オン1)、NYスタイル(オン2)、マイアミスタイル(カッシーノ・ルエダ)など、多様な地域スタイルが生まれ、ダンサー間の交流が活発化した。

• 肯定的な側面: スタイルの異種交配は、ダンスの革新と即興性のさらなる発展を促している。

• 懸念される側面: グローバル化に伴う競技化の進展は、サルサを標準化する圧力となっている。これにより、サルサが本来持つ社会的で即興的な性格が失われ、ダンススポーツのような競技形式へと変質するリスクが指摘されている。

7. 結論:真正性を超えて

ジュリエット・マクメインズの分析は、サルサとダンススポーツのどちらがより「本物」のラテンダンスであるかを問うのではなく、両者が持つそれぞれの複雑さと文化的価値を認識することの重要性を強調している。

• 両者は単純な二項対立で語られるべきではなく、それぞれが豊かな歴史と洗練されたサブカルチャーを持つ独立した舞踊形式である。

• 「ラテン」という言葉の多義性を理解し、それぞれのダンス伝統が持つ固有の歴史と実践をより厳密に検証することが求められる。

• 最終的に、これらの対立的な見方を乗り越え、全ての形式の価値を認める、より包括的で新しいラテンダンス理解を構築することが、今後の課題である。



ジュリエット・マクメインズ(Juliet McMains)は、アメリカのダンス学者であり、元プロ社交ダンサーです。ワシントン大学ダンス学科の教授を務めており、社交ダンスやサルサ、タンゴといったペアダンスの歴史、文化、社会学的な側面に関する研究で知られています。

  • 著書
    • Glamour Addiction: Inside the American Ballroom Dance Industry』(2006年)
    • Spinning Mambo into Salsa: Caribbean Dance in Global Commerce』(2015年)