なぜ社交ダンスはサルサを競技ラテンに採用しなかったのか?

「サルサは世界中で人気があるのに、なぜ社交ダンスのラテン種目には入っていないの?」
サルサを踊る人も、社交ダンスを踊る人も、一度は疑問に思ったことがあるのではないでしょうか。

「サルサはラテンダンスなのだから、競技ラテンに入っていてもおかしくない。」
そう考えるのは、とても自然なことです。
しかし実際には、社交ダンスの競技ラテンは、

  • ルンバ
  • チャチャチャ
  • サンバ
  • パソドブレ
  • ジャイブ

の5種目だけです。サルサは含まれていません。
では、サルサは社交ダンスとして認められなかったのでしょうか。
答えは「いいえ」です。

サルサが競技ラテンに採用されなかった理由は、ダンスの優劣ではなく、歴史のタイミングにあります。

社交ダンスは「世界共通ルール」を作る必要があった

現在の社交ダンス競技は、世界中で同じルールで競技できるように作られています。
世界選手権でも、日本の大会でも、イギリスの大会でも、基本的には同じ種目、同じルールで競技が行われます。
このためには、「どのダンスを競技種目にするか」を世界で統一しなければなりませんでした。
そして、その作業が本格的に行われたのは、20世紀前半から中頃にかけてでした。

イギリスが競技ダンスを標準化した

現在の国際スタイル社交ダンスの基礎は、イギリスで作られました。
当時、イギリスでは世界中から集まったダンスを研究し、

  • 基本ステップ
  • 姿勢
  • ホールド
  • リズム
  • テクニック

を整理し、誰が踊っても同じ基準で評価できる形へ標準化していきました。
これが現在の「国際スタイル(International Style)」です。
ラテン部門も、この時代に体系化されました。

その頃、サルサはまだ存在していなかった

ここが一番重要なポイントです。
ルンバやチャチャチャ、サンバなどが競技ダンスとして整理されていた時代、まだ「サルサ」というダンスは現在の形では存在していませんでした。

サルサは1960年代から1970年代にかけて、アメリカ・ニューヨークで、キューバやプエルトリコなどラテンアメリカからの移民文化が融合して発展した比較的新しいダンスです。

一方で、

  • ルンバ
  • チャチャチャ
  • サンバ

などは、それ以前から世界中へ広まり始めていました。

つまり、競技ラテン5種目が決まった後に、サルサが世界的に広まったというのが実際の歴史なのです。
「サルサが選ばれなかった」のではなく、「選ぶ時代にはまだ存在していなかった」という方が正確でしょう。

一度決まった競技種目は簡単には変えられない

競技スポーツでは、ルールを変更することは非常に大きな出来事です。
もしサルサを正式種目に加えると、

  • 世界中の教科書
  • 指導方法
  • 審査基準
  • 資格制度
  • 大会運営
  • 教材
  • 審査員教育

などを大きく見直す必要があります。
さらに、新しい種目を加えれば大会の日程も長くなり、選手の負担も増えます。
そのため、世界中で長年続いている競技体系は、簡単には変更されません。

サルサは「標準化」が難しかった

もう一つ大きな理由があります。
サルサには、

  • オン1
  • オン2
  • キューバンスタイル
  • ロサンゼルススタイル
  • ニューヨークスタイル
  • コロンビアンスタイル

など、多くの踊り方があります。

同じサルサでも、基本ステップも、ブレイクステップも、リード方法も、スタイリングも、かなり違います。

これはサルサの魅力でもあります。
地域ごとの文化がそのまま残り、多様性を大切にしてきたからです。

しかし、競技では「何を正しいとするのか」を決めなければ採点できません。
社交ダンスの競技は、世界共通の基準で採点するため、統一されたシラバスやテクニックが必要です。
自由度の高いサルサは、その点では競技化が難しい面がありました。

実はサルサにも競技は存在する

「サルサには競技がない」と思われがちですが、それは正しくありません。

現在では世界各地で、

  • サルサ選手権
  • ペア競技
  • チーム競技
  • フォーメーション
  • ジャック&ジル形式

など、多くの競技大会が開催されています。

つまり、サルサにはサルサ独自の競技文化が発展しているのです。
社交ダンスとは別の道を歩んできた、と考えるのが分かりやすいでしょう。

社交ダンスとサルサは目指したものが違う

ここも大きな違いです。

社交ダンスは、「世界共通の技術を学び、美しさや完成度を競う」方向へ発展しました。
一方、サルサは、「音楽を楽しみ、人と踊る」というソーシャルダンス文化を大切にして発展しました。
もちろん、どちらにも競技や高度な技術はあります。

しかし、文化として重視してきたものは少し違います。
社交ダンスは「標準化」を選び、サルサは「多様性」を残したと言えるでしょう。

共通のルーツを持ちながら別々に発展した

面白いことに、サルサと社交ダンスのルンバやチャチャチャは、まったく無関係ではありません。
キューバの音楽やダンスであるソンを共通の祖先とし、それぞれ異なる道を歩んできました。
社交ダンスは競技として世界標準を目指し、サルサはラテン文化とともにソーシャルダンスとして世界へ広がりました。
兄弟が別々の人生を歩んだような関係と言ってもよいでしょう。

「採用されなかった」のではなく「別の進化をした」

「なぜサルサは競技ラテンに入らなかったのか。」

その答えは、「サルサが劣っていたから」でも、「社交ダンスにふさわしくなかったから」でもありません。
競技ラテン5種目が世界で標準化された時代には、まだサルサは現在のような形で確立しておらず、その後、サルサは独自の文化と競技を発展させていきました。

つまり、サルサは社交ダンスの競技ラテンに採用されなかったのではなく、社交ダンスとは別の文化として、大きく花開いたのです。

こう考えると、社交ダンスとサルサはライバルではありません。
どちらもラテン文化という大きな幹から育った、美しく個性豊かな枝なのです。

※現在、WDSFでは、サルサの競技が行われています。
WDSFは、日本ダンススポーツ連盟の上位組織です。
https://www.worlddancesport.org/Caribbean