― ホテルダンスタイムと、おもてなしとしてのダンス文化の記憶 ―
社交ダンスというと、「敷居が高い」「初心者には難しい」という印象を持たれることがあります。
しかし過去の一部の場面では、今とは少し違った雰囲気があったとも言われています。
そこには、初めて来た人や慣れていない人と自然に踊ることを担っていた人の存在が見られました。
ホテルダンスタイムという実務文化
おそらく1990年前後の日本では、ホテルや一部のダンスホール、ホストクラブでの「ダンスタイム」では、フロアに、来場者と踊るホスト役の男性ダンサーがいることがあり、リボンなどで役割が分かるようになっていた例もあったようです。
参加の形もさまざまで、経験を積んだダンサーが自然にその役割を担うこともあれば、アルバイト的な関わり方をする人がいたとも言われています。
この場で求められていたのは、競技のような評価基準というよりも、むしろ初対面の相手と一曲を安心して踊れる状態をつくることだったように見えます。
求められていたのは「おもてなし」に近い感覚
そのような場では、技術そのものの優劣というよりも、相手と一緒に踊る時間をどう成立させるかが重視されていた側面があったと考えられます。
例えば、相手が緊張しすぎないような距離感やホールド、レベルの違いに応じたリードの調整、動きの中での安全性への配慮、そしてフロア全体の流れを読みながら踊る感覚などです。
それはダンスというよりも、接客やおもてなしに近い性質を持っていたとも表現されることがあります。
社交ダンスが持っていた“接客性”
そうした環境の中で経験を積んだダンサーは、必ずしも「競技的に上手い人」というよりも、相手と場の両方を崩さずに成立させることに長けていた人たちだったのかもしれません。
ホテルという空間にたとえるなら、料理の技術そのものよりも、サービスの流れや空気感、相手に安心してもらう振る舞いが重視されるような側面に近いものです。
ダンスそのものが、見せるためのものというより、まず一緒に過ごす時間を成立させるための行為として機能していた場面があったようにも感じられます。
その後に起きた変化
近年、社交ダンスを取り巻く環境にはいくつかの変化があったと言われています。
ホテルでのダンスタイムが減少したり、競技ダンスの存在感が強まったり、個人レッスンを中心とした学習形態が増えたりする中で、パーティー文化そのものの形も少しずつ変化していきました。
その結果として、かつて自然に存在していたような「初対面の人と踊る役割」を持つダンサーが育つ環境は、以前とは少し違う形になっている面もあるように見えます。
現代のソーシャルダンスとの比較
今流行っているソーシャルダンスでも、初めての相手と踊る文化は広く見られます。
ただしその中では、初対面の相手と積極的に踊る流れが生まれる場面がある一方で、経験のある人同士が繰り返し踊る傾向も同時に見られます。踊る関係性は、参加者の慣れやコミュニケーションの取り方によって広がり方が変わることもあります。
また、慣れた人ほど自然に多くの相手と踊る機会を得やすくなる一方で、初参加の人はその輪に入るまでに時間がかかる場合もあります。これは個人の能力というよりも、その場の空気や誘い方の文化によって左右される部分もあると考えられます。
現在の社交ダンサーにその能力は残っているか
現在でも、いわゆる「おもてなし的な感覚」を持っているダンサーは一定数いるように見えます。
例えば、パーティーの場に慣れている人や、そうした文化の中で学んできた人、あるいはサークルやダンスタイムの経験を持つ人などは、初対面の相手と踊ることに自然さを持っている場合があります。
一方で、競技中心で学んできた人や、個人レッスンを中心に技術を磨いてきた人、あるいはフロア経験が少ないまま上達してきた人の場合は、技術的な上達とは別に、場の流れや初対面での踊り方に慣れる機会が少なくなることもあるかもしれません。
これは優劣というよりも、経験の積み方の違いとして現れているものと考えられます。
おわりに
昔の社交ダンスの場には、踊ってくれる人が自然に存在していた時期があったように感じられます。
そして踊ることそのものも、もう少し開かれた形で行われていた場面があったのかもしれません。
今は今で、仲間同士やカップルなど、気の合った関係の中で踊る時間がとても大切にされています。
それはもちろん、否定されるものではありません。
ただ一方で、同じ人や同じグループの中で踊る時間が増えていくと、フロアの中に見えない区切りのようなものを感じることもあります。
いろいろな人と一曲踊ること。
上手いかどうかではなく、「一緒に踊れたね」と自然に言えること。
そうした時間が、増えていくことが望まれます。