上手に踊ることより、その場に合わせる

社交ダンスで大切な「自分では気づかない危険」

社交ダンス(ペアで楽しむダンス)を踊っていると、時としてフロアで人とぶつかりそうになったり、組んでいる相手が窮屈そうにしていたりする場面を見かけることがあります。

こうしたトラブルは、決して誰かが意地悪をして乱暴に踊っているから起きるわけではありません。また、ステップを間違えてしまうような「まだ始めたばかりで不慣れだから」ということだけが、危険の原因になるわけでもありません。

むしろ多くの場合、「教わった通りにちゃんと踊らなきゃ」「大きくかっこよく踊りたい」と一生懸命になるあまり、「自分の踊り方が、周りの人や相手にとって危なくなっていること」に自分自身で気づけないことから起こってしまいます。

社交ダンスは、自分の技前を人に見せびらかす場所である前に、その場にいるみんなと一緒に心地よい時間を過ごす場所です。pje

この記事では、誰もがついやってしまいがちな「その場に合わない踊り方」と、本当に大切にしたい優しい心配りについて、わかりやすくお話ししていきます。

食事で食べるのがゆっくりな人に合わせるように、ダンスもその場に合わせる

誰かと一緒に食事をするとき、私たちはどんなふうに過ごすでしょうか。

一番早く食べ終わる人に全員が合わせて、慌てて料理をかき込むようなことはしませんよね。食べるのがゆっくりな人がいれば、その人を急かすことなく、おしゃべりを楽しみながらみんなでペースを合わせるはずです。

社交ダンスのフロアも、これとまったく同じです。

ダンスホールは、自分たちだけの練習場所でも、自分たちだけの発表ステージでもありません。そこには、音楽に合わせてゆったり揺れたい人、今日初めてステップを覚えたばかりの人、久しぶりの船旅でダンスを楽しみに来た人など、いろんな人が一緒にいます。

  • フロアが混んできたら、歩幅を小さくしてコンパクトに踊る。
  • 相手がまだ慣れていないなら、大技を控えて相手が歩きやすいスピードに合わせる。
  • 前のカップルが詰まって進めないなら、無理に進もうとせず、その場で足踏みをしながら音楽を聴いて待つ。

「自分が上手に踊れるところを見せる」ことよりも、「周りの人たちや相手とペースを合わせる」ことを大切にする。

ソーシャルダンスでは、「自分がどこまでできるか」よりも、「この場ではどこまでやるのがちょうどよいか」を考えることが大切です。

この視点をひとつ持つだけで、人との衝突や、相手に無理な負担をかけてしまうことは自然と防ぐことができます。

広い練習場の踊り方と、みんなで楽しむ社交の場の違い

ここで知っておいてほしいのは、「社交ダンスのステップそのものが危ない」ということでは決してないということです。

広い体育館のような会場やダンスの競技会では、フロアいっぱいに大きく動き、スピード感や迫力のある動きを見せることが素晴らしいとされます。それは長い練習を重ねた人たちによる、ひとつの見事なスポーツであり芸術です。

しかし、「広い場所で大きく動くための踊り方」を、そのまま客船のダンスホールや混み合ったパーティーに持ち込んでしまうと、どうしても周りとぶつかってしまいます。

同じダンスであっても、踊る場所や目的によって、ふさわしい踊り方は変わります。

客船や街のダンスパーティーは、広い場所を独占して駆け抜ける場ではなく、限られたスペースをみんなで仲良く分け合って楽しむ場所です。

競技のように大きく踊ろうとすると、本人は「いつも通りきれいに踊っている」つもりでも、周りの人にとっては「ぶつかりそうで怖い」「居場所を奪われてしまう」と感じられてしまいます。

踊りには場所に合わせてきた歴史がある――「小さく踊る文化」に学ぶ

ダンスの踊り方は、そのダンスがどこで踊られてきたかという歴史や空間と深くつながっています。

例えば、サルサをソーシャルダンスとして踊る場では、必ずしも広いフロアがあるとは限りません。人が集まったクラブやパーティーなどでは、限られたスペースの中で、多くの人が一緒に踊ることもあります。

そんな場所でたくさんの人が一緒に楽しむために、一人ひとりが大股で動き回ったら、あっという間に全員がぶつかって踊れなくなってしまいますよね。

そのため、サルサをソーシャルに楽しむ場では、限られたスペースの中で相手や周囲に合わせ、コンパクトに踊る感覚が大切にされています。

もしそこに、広いフロアで踊る感覚のまま大きな移動ステップを持ち込んでしまったら、どんなに上手な足型であっても、その場にはまったく馴染みません。

「大きく派手に踊れること」と、「狭い場所に合わせて小さく踊れること」は、まったく別の腕前です。

フロアが狭ければ、それに合わせて自分の動きをきゅっと小さく畳んで楽しむ。それこそが、ダンスを本当に楽しんでいる人のスマートでかっこいい姿なのです。

誰でもやってしまいがちな「上手に踊りたい気持ち」の落とし穴

その場に合わない危ない踊り方をしてしまう原因は、悪い心からではありません。誰でも持っている「もっと上手に踊りたい」「しっかりリードしてあげたい」という優しい気持ちや向上心が、少しだけ空回りしてしまうことから始まります。

そのとき、頭の中では次のようなすれ違いが起きています。

  • 自分が上手に見えることを優先してしまう:「かっこよく見せたい」「習った通りに大きく動きたい」という気持ちが強くなる。
  • 自分の踊りたい手順を優先してしまう:周りの混み具合や相手の表情よりも、「覚えたステップを最後までやり切ること」に頭がいっぱいになる。
  • 周りや相手に合わせることを忘れてしまう:相手がついてこられないと「相手が不慣れだからだ」と思ったり、混雑を「周りの人が邪魔だな」と感じてしまう。
  • 結果として、無理な力が加わってしまう:相手の腕を力いっぱい引っ張ったり、狭い場所で無理に進もうとして人とぶつかったりしてしまう。

本人は「正しく一生懸命踊っている」つもりなので、危険になっていることに自分では気づきにくいのです。

しかも、相手が何も言わずに合わせてくれていると、「問題なく踊れている」と思ってしまいます。相手が痛い、怖い、動きにくいと感じていても、それを口にせず我慢していることもあるからです。「相手から苦情を言われなかったから大丈夫」とは限りません。

本人の気持ち(よかれと思っていること)実際にフロアで起きていること
「しっかり相手をエスコートしている」引っ張る力が強すぎて、相手がバランスを崩したり腕や肩が痛くなったりしている。
「大きくのびのびと表現している」混んでいるフロアで周りの人のスペースを奪い、ぶつかる危険を生んでいる。
「相手が初心者だから動けないんだ」動きが急で強すぎるため、相手が怖がって体が固まってしまっている。
「フロアが混んでいるから仕方がない」混み具合に合わせて歩幅を小さくする配慮を忘れ、周りのせいにしている。
「せっかく覚えたステップだからやり切りたい」目の前の相手や周囲を見ず、頭の中の決まりごとをそのまま進めようとしている。
「本に書いてある通りの正しい形を作りたい」相手の身長や体の柔らかさに無理をさせ、気持ちよさよりも「形」を押しつけている。

本人は「正しく踊っている」と思っているため、相手が動きにくそうにしていても、「もっと強くリードしなきゃ!」とさらに力を入れてしまい、ますます相手を怖がらせてしまうという悲しいすれ違いが起きてしまいます。

「間違えてしまう人」よりも「止まれない人」が危ない理由

ダンスの場で、本当に周りを困らせてしまうのはどんな人でしょうか。それは決して「ステップを間違えてしまう初心者」ではありません。

足型を間違えたり、リズムから少し外れたりすることは、誰にでもある普通のことです。お互いに「あ、間違えちゃった、ごめんなさい!」と笑ってやり直せば、それだけで和やかで楽しいひとときになります。

本当に困ってしまうのは、「間違えたときや、前が詰まったときに、自分の動きを止められない人」です。

目の前に別のカップルが近づいてきたときや、相手がバランスを崩したときに、覚えたステップを途中でやめることができず、そのまま突っ走ってしまうと大きな事故になります。

社交ダンスにおいて、予定していた動きをその場の様子に合わせて「小さくする」「別の動きに変える」「その場でそっと止まる」と判断できることこそが、どんな難しい大技ができることよりも大切で、本当に素晴らしい技術です。

そして、無自覚な危険は、実際に人と接触した後にも表れます。

ソーシャルダンスでは、どれだけ注意していても、人と接触してしまうことはあります。一度ぶつかったからといって、それだけで危険なダンサーというわけではありません。

大切なのは、その後です。

「相手が急に入ってきた」「フロアが狭かった」と考えて終わるのか。それとも、「今の自分の動きは大きすぎなかっただろうか」「もう少し小さく踊ったほうがよかったのではないか」と、自分の踊り方を振り返るのか。

同じことを繰り返しているのに、自分の踊り方を見直さないことも、「気づかない危険」の一つです。

また、リーダー(案内役)の合図は「相手を従わせる命令」ではありません。

「こちらに空いているスペースがありますよ、一緒に進みませんか?」と優しく案内する提案です。もし相手が動きにくそうだったり、怖がっていたりしたら、無理に動かすのではなく、その提案をすっと引っ込めて、その場で相手が落ち着くまで待ってあげる優しさが何よりも大切です。

おわりに:みんなで気持ちよく過ごすために

社交ダンスで一番大切なのは、自分がどれだけ上手に踊れるか、どれだけたくさんの技を知っているかではありません。

そこにいる人たちが、一緒に気持ちよく過ごせるかどうかです。

食事の席で、自然とお互いの食べる速さに合わせて会話を楽しむように。フロアの広さや混み具合、そして手を取っている相手のペースに合わせて、自分のステップを優しく合わせていく。

「上手に踊ろう」「かっこよく見せよう」と力むのを少しお休みして、「目の前の人やその場に合わせる」ことに目を向けてみる。

そして、ときどき「今の自分の踊り方は、相手や周りにとってどう見えているだろう」と振り返ってみる。

それだけで、相手も自分も、そして周りにいる人たちも、みんなが安心して音楽を楽しめるあたたかいフロアになります。