意外と知られていない「ラテン」の本当の意味
「サルサもラテンダンス。」
「ルンバやチャチャチャもラテンダンス。」
これは、どちらも正しい表現です。
ところが、社交ダンスではサルサはラテン種目に含まれません。
「サルサもラテンなのに、なぜ社交ダンスのラテンではないの?」
「社交ダンスのラテンと、サルサのラテンは何が違うの?」
この疑問を持ったことがある人は少なくありません。
実は、この疑問が生まれる理由は、「ラテン」という一つの言葉に、異なる意味が存在しているからです。
それぞれの「ラテン」のイメージ比較
| 見る人 | 「ラテン」の意味 |
|---|---|
| 一般の人 | 情熱的な男女のダンス全般 |
| 社交ダンサー | 競技ラテン5種目 |
| サルサダンサー | ラテン文化全体のダンス |
| 音楽家 | ラテン音楽全体 |
| 歴史研究者 | ラテンアメリカ文化のダンス全体 |
なぜ誤解が生まれるのか
一番の理由は、「ラテン」という文化全体を表す言葉を、社交ダンスでは競技カテゴリー名としても使っているからです。
たとえば、サルサダンサーから見れば、
「サルサもラテンなのに、なぜ『ラテン』に入らないの?」
と感じることがあります。一方、社交ダンサーは、
「ラテン」と言えば5種目のこと。
という前提で会話しています。
つまり、同じ言葉を異なるスケールで使っているため、認識のズレが生まれるのです。
| 観点 | 社交ダンス | サルサ・ラテン文化 |
|---|---|---|
| ラテンの意味 | 競技カテゴリー名 | 文化・音楽・ダンスの総称 |
| 対象 | ルンバ・チャチャチャ・サンバ・パソドブレ・ジャイブ | サルサ、バチャータ、メレンゲ、クンビア、ソンなど多数 |
| 分類基準 | 競技ルール・教育体系 | 歴史・地域・音楽文化 |
| 意識 | 「5種目を学ぶ・競う」 | 「ラテン音楽と文化を楽しむ」 |
| 一般の人の見え方 | 他のラテンダンスとの違いはあまり意識されない | 「ラテンらしいダンス」として一括して認識されることが多い |
この記事では、「ラテン」という言葉の本来の意味から、社交ダンスとサルサ界での違い、一般の人が受ける印象まで、多角的に整理してみます。
「ラテン」とは、本来は文化を表す言葉
まず知っておきたいのは、「ラテン(Latin)」は本来、ダンスの名前ではありません。
ラテンとは、スペインやポルトガル、そしてその文化が広がった中南米・カリブ海地域を中心とする「ラテン文化圏」を指す言葉です。
この文化圏では、ヨーロッパ文化、アフリカ文化、先住民族の文化が何百年もかけて融合し、独自の音楽やダンスが数多く誕生しました。
つまり、「ラテン」という言葉は、もともと文化や地域を表す言葉なのです。
ラテン文化から生まれたダンスは数え切れないほどある
ラテン文化圏から生まれたダンスには、例えば次のようなものがあります。
- サルサ
- ソン
- マンボ
- ダンソン
- チャチャチャ
- ルンバ
- バチャータ
- メレンゲ
- クンビア
- サンバ
- ボサノヴァに合わせて踊られるダンス
- ズーク など
つまり、
サルサもラテン。
ルンバもラテン。
チャチャチャもラテン。
サンバもラテン。
すべて「ラテンダンス」です。
サルサダンサーやラテン音楽を楽しむ人たちは、この本来の意味で「ラテン」という言葉を使っています。
社交ダンスの「ラテン」は競技カテゴリー
一方、社交ダンスでは事情が変わります。
社交ダンスで「ラテン」と言えば、
- ルンバ
- チャチャチャ
- サンバ
- パソドブレ
- ジャイブ
この5種目だけを指します。
つまり、社交ダンスの「ラテン」は文化を表す言葉ではなく、「競技部門・競技カテゴリー」の名称なのです。
例えば、社交ダンスで「私はラテンを踊っています」と言えば、「この5種目を踊っています」という意味になります。
ここでいう「ラテン」は、競技会やレッスン、検定などで使われる専門用語と言ってもよいでしょう。
サルサ界では「ラテン」はもっと広い意味
サルサ界では、「ラテン」という言葉はもっと広い意味で使われます。
サルサクラブやイベントで「ラテンナイト」と言えば、
- サルサ
- バチャータ
- メレンゲ
- チャチャチャ
- クンビア
- ズーク
など、ラテン文化圏の音楽やダンス全体を楽しむイベントであることがほとんどです。
そこでは、「社交ダンスのラテン5種目」という考え方はほとんどありません。
つまり、
サルサ界では「ラテン=文化全体」
という認識なのです。
音楽家から見ても「ラテン」は文化全体
ラテン音楽を演奏するミュージシャンや研究者にとっても、「ラテン」とは文化全体を意味します。
ラテン音楽と言えば、
- ソン
- サルサ
- マンボ
- ボレロ
- チャチャチャ
- グアヒーラ
- メレンゲ
- バチャータ
- クンビア
- サンバ
- ボサノヴァ
など、多くのジャンルを含む総称です。
そのため、音楽家に「ラテンは5種類です」と言えば、「いや、それは競技ダンスの話ですよね」という反応になるでしょう。
社交ダンスのラテン5種目もルーツはさまざま
さらに興味深いのは、社交ダンスのラテン5種目は、すべて同じ国から生まれたわけではないことです。
「ラテン圏」という言葉を「ラテンアメリカ・イベリア(スペイン・ポルトガル)の文化圏」と広く捉えると、5種目ともその範囲に入ります。
| 種目 | 発祥・ルーツ | ラテン圏との関係 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ルンバ | キューバ | ◎ | キューバのソンやルンバ音楽を基に競技化。現在の競技ルンバは民俗舞踊のルンバそのものではない。 |
| チャチャチャ | キューバ | ◎ | ソンやダンソン、マンボから発展し、1950年代に誕生。 |
| サンバ | ブラジル | ◎ | アフリカ系文化とポルトガル文化が融合して成立。競技サンバはブラジルのサンバを基に再構成。 |
| パソドブレ | スペイン(現在の競技スタイルはフランスで発展した要素も大きい) | ◎ | スペインの闘牛文化が起源。ラテンアメリカではなくヨーロッパのラテン文化圏。 |
| ジャイブ | アメリカ(アフリカ系アメリカ人文化・スイング系) | △(少し特殊) | スイング、ジッターバグなどが起源。アフリカ系アメリカ人文化の影響が強く、ラテンアメリカ発祥ではない。競技ラテンの一種として採用された。 |
つまり、「ラテン5種目」は一つの国のダンスではなく、それぞれ異なる地域や文化から発展したダンスが集められています。
ジャイブだけは少し異質な存在
特にジャイブは少し特殊です。
ジャイブは、スイングやジッターバグなど、アフリカ系アメリカ人文化やジャズ文化から発展したダンスです。
つまり、キューバやブラジルのようなラテンアメリカ発祥ではありません。
それでも社交ダンスではラテン種目に分類されています。
これは、「ラテン文化だから」という理由ではなく、競技ダンスを体系化する際に、スタンダードとは異なる身体の使い方やリズム表現を持つダンスとしてラテン部門へ組み込まれたためです。
社交ダンスはもともと
- ボールルーム(スタンダード)
- ラテン
の2部門に整理されました。その際、スタンダード以外の
- 腰を使う
- 軽快
- リズミカル
- オープンポジションが多い
ダンスをまとめて「ラテン部門」に入れていきました。
その結果、ジャイブもそこへ組み込まれました。
文化的な分類というより、競技上の分類と言った方が分かりやすいでしょう。
パソドブレもラテンアメリカではない
パソドブレも、ラテンアメリカではなくスペインがルーツです。
しかし、スペインはラテン文化の源流の一つです。
実際、
- スペイン語
- ポルトガル語
がラテンアメリカへ広がったため、ラテンアメリカ文化そのものがスペイン文化の影響を強く受けています。
そのためパソドブレも自然にラテン部門へ入りました。
ラテンアメリカの多くの国々ではスペイン語が話され、文化的にもスペインの影響を強く受けています。
そのため、パソドブレは「ラテンアメリカのダンス」ではありませんが、「ラテン文化圏のダンス」と考えることができます。
ルンバ、チャチャチャ、サルサは親戚のような関係
ルンバ、チャチャチャ、サルサには共通のルーツがあります。
大まかに言えば、
キューバの伝統音楽・舞踊
↓
ソン
↓
ダンソン
↓
マンボ
↓
チャチャチャ
↓
サルサ
という流れの中で発展してきました。
現在の社交ダンスのルンバやチャチャチャは、このキューバ音楽を土台にしながら、イギリスを中心に競技ダンスとして標準化され、現在のスタイルへと発展しました。
つまり、サルサと社交ダンスのルンバ・チャチャチャは、まったく別のダンスではなく、歴史をさかのぼれば共通の祖先を持つ「親戚」のような存在なのです。
サルサダンサーと社交ダンサーで認識が違う理由
ここまで読むと、サルサダンサーが違和感を持つ理由が見えてきます。
サルサダンサーは、
「サルサもラテンなのだから、ラテンダンスの一つ。」
と考えます。
一方、社交ダンサーは、
「ラテンと言えば、ルンバ、チャチャチャ、サンバ、パソドブレ、ジャイブの5種目。」
と考えます。
どちらも間違ってはいません。
単に、「ラテン」という言葉を違う意味で使っているだけなのです。
一般の人から見ると、全部ラテンダンス
では、ダンスを知らない一般の人はどう見ているのでしょうか。
多くの人は、
- 情熱的
- 男女で踊る
- 腰を使う
- リズムが良い
- 南国の雰囲気
- 明るく華やか
という共通したイメージで、「ラテンダンス」と認識しています。
そのため、「サルサもルンバもチャチャチャも、全部ラテンダンスでしょう?」
という感覚になります。
これは、文化的な意味では決して間違いではありません。
むしろ、「ラテン」という言葉本来の意味に近い理解と言えるでしょう。
「ラテン」という言葉には二つの意味がある
ここまでを整理すると、「ラテン」という言葉には二つの意味があります。
一つは、ラテン文化から生まれた音楽やダンス全体を指す、本来の意味の「ラテン」。
もう一つは、社交ダンス競技で使われる5種目を指す「ラテン」という競技カテゴリーです。
サルサ界や音楽の世界では前者の意味で使われ、社交ダンスでは後者の意味で使われます。
同じ言葉でありながら、基準そのものが異なるため、「サルサもラテンなのに、なぜ社交ダンスのラテンではないの?」という疑問が生まれるのです。
まとめ
実は、「ラテン」という言葉を最も本来の意味に近い形で使っているのは、サルサ界やラテン音楽の世界だと言えるでしょう。
一方、社交ダンスの「ラテン」は、世界中で競技を統一するために作られた競技カテゴリーです。そのため、文化的な分類とは完全には一致しておらず、ジャイブのようにラテンアメリカ発祥ではないダンスも含まれています。
つまり、どちらが正しい・間違っているという話ではありません。
サルサ界の「ラテン」は文化を基準にした言葉であり、社交ダンスの「ラテン」は競技を基準にした言葉です。
この二つの意味を知るだけで、「ラテン」という言葉に対する見え方は大きく変わります。そして、サルサと社交ダンスが対立するものではなく、同じラテン文化という大きな木から枝分かれした、それぞれ異なる発展を遂げたダンスであることが、より深く理解できるでしょう。